テクニックとはあらゆる試合の状況で”思い通りに”ボールを扱える能力
ドイツサッカー協会指導者講習会より
現代のサッカーではフィジカル面の向上や守備の組織化により、ボールホルダーは多くの場合、時間的・空間的なプレッシャー下でプレーしなければなりません。「トップクラスのチームに単純なミスはほとんど見られない」とドイツ代表のレーヴ監督が言うように、時間やスペースの少ない状況でもボールを正確に扱える質の高いテクニックは上のレベルでプレーするための前提条件です。
日本の小学生はボール扱いのスキルが高い
「日本にはドイツに連れて帰りたい子どもがたくさんいる」
僕のドイツの師匠が日本に来た時に話していたことですが、日本にはドイツよりもボール扱いが上手で動きのしなやかなタレントがたくさんいると驚いていました。日本の小学生が国際大会で世界一になっていることもあるように結果にも反映されていると思います。また、ドリル形式などの反復練習に黙々と取り組む規律正しさや勤勉さも日本の子どもの特徴として挙げていました。文化的な影響もあってかドイツよりも日本の子どものほうが比較的お行儀よく練習に取り組み、遊びの要素がない単純なメニューでも文句も言わずに黙々とこなします。結果的に数をこなしてボール扱いのスキルを高めることができるので、体格面や戦術面でできることが限られている小学生年代では、日本の小学生も世界で結果を出すことにつながっているのではないかと感じています。
一方ドイツの子どもたちを指導する場合、競争形式やゲーム形式で楽しむ要素を取り入れる工夫が必要になります。極端なことを言えば、つまらないメニューだとはっきり「つまらない」という子もいれば、全くやろうとしない子もでてきます。そうなると数をこなすことが少なくなるので、日本の子どもと比べてもボール扱いに関して劣ることが多いと思います。
切り離されたテクニック
「あれだけたくさんいたタレントはどこにいってしまったんだ!?」
同じく僕の師匠のコメントですが、今度は日本の中学生や高校生年代を見て違う意味で驚いていました。彼は世界中でトップレベルの選手の子供時代も見ているので、その基準で、小学生時代にあれだけ良い選手がたくさんいるのだから中学生や高校生年代でもすごい選手がたくさんいるだろうと日本の選手に対して期待していたのかもしれません。しかし、年代が上がるにつれて相手のフィジカル面や戦術面も上がってくると、小さいころから磨いてきたボール扱いのスキルだけでは試合の中の局面を打開できなくなってきます。反復練習によりテクニックだけを切り離してトレーニングした結果、戦術的な判断が欠如し、フィールド内の場所や相手の数など状況をまったく把握せずにドリブルで突っ込んでボールを奪われてしまうシーンを多く見かけるようになります。せっかく質の高い道具を持っていてもその使いどころを理解していないことになってしまいます。
実戦で使えるテクニックトレーニング
テクニックはあくまで戦術やアイデアを実行するための手段であり、相手のいない状況でのボール扱いのスキルを高めることが最終目的ではありません。将来的にテクニックを試合の中で効果的に使うためには、テクニックだけを切り離して反復練習を繰り返すのではなく、戦術的な判断を伴ったトレーニングを積み重ねていく必要があります。ドイツサッカー協会も、切り離された静的な反復作業ではなくゲーム形式や対人形式のメニューをトレーニングの核として、サッカーをプレーしながらサッカーを学んでいくことを推奨しています。
テクニックトレーニングのテーマを選ぶ場合、各年代に適したテーマや取り組むべき課題を選択します。そして、1つのテクニックをテーマに設定する場合でも、それ以外のテクニックや個人戦術の要素も結び付けることが可能です。試合の中ではドリブルだけをして終わりではなく、ドリブルのあとにシュートやパスをします。またパスを受けてからドリブルをする時には、ボールコントロールやオフ・ザ・ボールの動き、身体の向きがその後のドリブルの質に影響します。1つのテクニックをテーマとしつつも、他のテクニックや個人戦術の要素も重点として取り入れて学んでいきましょう。
5つのテクニック
ドイツでは攻撃のテクニックをドリブル、シュート、パス、ボールコントロール、ヘディングの5つの項目に分類しています。守備のテクニックはボールを奪うためのタックリングになります。
ドリブル
メッシ、ロナウド、ロナウジーニョ、ロッベン、マラドーナ、フィーゴ、リトバルスキー。「良いドリブラーを見つけるのは難しい」とドイツ代表のレーヴ監督も言うように、彼らのようなドリブラーは膠着した状況を打開し試合を決定づけることのできる数少ない存在です。近年では幼いころからパスの練習に多く時間を割く傾向も見られ、ドイツサッカー協会はドリブラー育成のために指導方針を見直しています。
ドリブルは攻撃の選手だけに必要な要素ではありません。前線や中盤、サイドバックなどは突破だけでなくボールをキープして相手をひきつけたり味方のために時間を作ったりします。センターバックやキーパーはビルドアップ時にドリブルで前に運ぶ状況もあり、現代サッカーではどのポジションでも必要とされるテクニックです。安定したドリブルのスキルはメンタル的な余裕や自信をもたらし落ち着いたプレーにもつながるでしょう。
育成年代では将来のために足のさまざまな部位を両足で使えるように取り組みます。ドリブルだけを切り離すのではなく、試合と同じようにボールコントロールやシュート、パスなどドリブルの前後のアクションも結び付けてトレーニングしましょう。
- 両足、足のさまざまな部位
- フェイントと組み合わせる
- シュートやパスと組み合わせる
- 突破、キープ、運ぶドリブル
シュート
メッシ、ロナウド、スアレス、レヴァンドフスキー、トーマス・ミュラー、ゲルト・ミュラー。いくらボールを保持していても、試合に勝つためにはゴールが必要です。相手の守備が最も集中するエリアでゴールを決められる選手は貴重な存在です。ドイツサッカー協会も推奨しているように、幼いころからボールポゼッションだけのメニューに多くの時間を費やすのではなく、なるべくゴールをつけた状況でトレーニングを行いましょう。
実戦のシュートシーンでは相手のプレッシャーがかかりキーパーもゴールを守っている状況ですが、幼い年代ではプレッシャーのない状況から始め次第に実戦に近づけていきましょう。実戦では約80%のゴールがペナルティエリア内からのシュートで、そのうちの約60%が1タッチで打たれています。ディフェンダーのいないシュート練習でも試合でありえない状況ではなく、ゴールまでの距離や角度、シュートまでの時間やタイミング、タッチ数などなるべく実戦を想定したオーガナイズにして行い、ディフェンダーのいる状況やゲーム形式の中でもゴールを決められるように発展していきましょう。
- プレッシャーのない状況から実戦に近づけていく
- 両足、足のさまざまな部位
- ボールコントロールやパス、ドリブルと組み合わせる
- 実戦を想定したオーガナイズ(距離、タッチ数、時間など)
パス
イニエスタ、シャビ、クロース、ラキティッチ、シャビ・アロンソ、ピルロ。パス本数や成功率が高い選手たちは状況把握や判断に優れ、チーム内の選手と選手を結び付ける重要な役目を果たします。トップレベルのチームはさまざまな攻撃の選択肢を持ち、特徴の一つとして1試合で500本以上もパスをつなぐ傾向があります。
パスの本数は数的優位の状況でボールを持つことが多い中盤やディフェンダーが多くなる傾向にあります。特に攻撃の起点となるビルドアップではディフェンダーだけでなくキーパーにも正確なショートパスとロングパスのスキルが求められます。
育成年代では両足でさまざまな距離のパスを使えるように取り組んでいきます。パスだけを切り離すのではなく、状況把握やボールコントロールなど他の要素とともにトレーニングして横パスだけでなく効果的な縦パスも出せるようにしていきましょう。
- 両足、足のさまざまな部位
- さまざまな距離(ショート、ミドル、ロング)
- ボールコントロールと組み合わせる
- 実戦的に(状況把握・判断を伴って)
- コンビネーション、ビルドアップ、縦パス
ボールコントロール
ジダン、イニエスタ、ロナウジーニョ、ロベルト・バッジョ、ディノ・バッジョ。優れたボールコントロール(ファーストタッチ)はボールホルダーにさまざまな選択肢を与え、ドリブルやシュート、パスなど質の高い次のアクションにつながります。ディフェンダーもうかつに飛び込みづらくなります。逆にボールコントロールが乱れればボールロストにつながり、ディフェンダーが来ていない場合でも目線がボールに集中してしまうので周囲の状況を把握できずにチームの攻撃を遅らせてしまいます。
育成年代では、グラウンダーや浮き球を両足や体のさまざまな部位を使ってコントロールできるようにトレーニングしていきます。パスやシュートなどと結び付けることにより、次のアクションのために方向や距離などを調整して実戦に近づけていくことができます。最終的にプレッシャー下でも正確にプレーできるようにするためにはテクニック面だけを切り離すのでなく、身体の向きやポジショニングを修正しながら状況把握・判断を伴ったトレーニングを積み重ねる必要があります。
- 両足、体のさまざまな部位
- グラウンダー、浮き球、バウンド
- パスやシュート、ドリブルと結びつける
- 身体の向きやポジショニングと結びつける
- 実戦的に(状況把握・判断を伴って)
ヘディング
ゴディン、ボアテング、フンメルス、クローゼ、ヤンカー、ビアホフ、秋田豊。ヘディングはゴールを決めたり相手の攻撃を止めたりするためのサッカー特有のテクニックの一つです。攻撃にしろ守備にしろヘディングを武器とする選手は戦術的な選択肢の一つとなります。近年ではセンターバックだけでなくサイドバックにもゴール前の守備において高さを求める監督も増えています。
脳への影響を考慮して、ヘディングの本格的なトレーニングは12歳くらいを目処にしたほうが良いとも言われています。小さなころは風船や柔らかいプラスティックボールを使って慣れることから始め、量に関してはどの年代でも注意して行う必要があります。
スタンディング、両足ジャンプ、片足ジャンプ、ひねりをつけたヘディングなど、ディフェンダーのいない状況から始め段階的にポジションの特性に合わせてトレーニングに取り入れていきましょう。
- スタンディング、両足ジャンプ、片足ジャンプ、ひねりをつけて
- ディフェンダーのいない状況から発展
- ポジションを考慮
1日のトレーニング構成
テーマ・重点
テーマや重点に対しては2~4週間の期間を目処に取り組み、段階的に難易度を上げていきます。初めは遊びの要素を取り入れたメニューなどでテクニックの基本的な動きや使い方を自然と学び、機能性に問題がなければフォームにこだわりすぎないようにします。徐々に難易度を上げて時間や空間的なプレッシャー下でも安定した動きができるようにし、最終的には試合中のさまざまな状況に対応できるように洗練していく必要があります。
1日のトレーニングでは最初から最後まで常にテーマや重点を取り入れたメニューを行い、段階的に発展させていきましょう。
ウォーミングアップ(導入)
導入となるウォーミングアップでは遊び形式や競争形式でポジティヴな雰囲気のもとフィジカル面やメンタル面を準備しつつ、同時にテクニックや戦術面の重点にも自然と触れられるメニューを行っていきます。
サポートメニュー(発展)
サポートメニューではできる限りシンプルなオーガナイズでテーマや重点に数多く取り組めるようにします。ディフェンダーのいない状況や攻撃側が数的優位の状況などで難易度を上げて発展させていきましょう。
メインメニュー
トレーニングの核となるメインメニューはゲーム形式や対人形式など主に数的同数で行います。より試合に近い状況の中でテーマや重点となるアクションを経験します。
ゲーム(締めくくり)
1日の最後には少人数のゲームを行い、トレーニングで学んだことにチャレンジする時間を設けます。理想的には3対3から5対5の少人数のゲームで一人一人がボールに関わる時間を増やし、11対11のサッカーに通じる要素を集中的に学んでいきます。ジュニア年代はもちろんのこと、ジュニアユース年代においても、狭いフィールドで少人数によるゲームを通して1対1や個人・グループ戦術に磨きをかけていくことが推奨されています。
それぞれのメニューは少人数にグループ分けするなどして効率よく数多くのアクションを行えるようにしましょう。さらに選手の習熟度に応じてオーガナイズやルールを変更して選手に適した難易度に調整します。迷ったら試合の一局面を切り取ってフィールドの大きさや人数を設定してみましょう。試合が一番の教科書です。
選手へのコーチングは必要最低限にとどめ、言葉だけでなく正しいアクションやヒントとなるアクションを見せてチャレンジする時間を確保することも大切です。最初からすべてを説明するのではなく質問を織り交ぜていくことにより、選手の積極的な姿勢や学ぶモチベーションを向上することが期待できます。