ルールや戦術の変化に伴い、現代のゴールキーパーが求められる役割は昔と大きく変わりました。現代のゴールキーパーはゴール前でシュートをストップするだけでなく、時にはペナルティエリア外に飛び出し相手の縦パスをインターセプトするための広い守備範囲が求められます。攻撃時には自陣ゴールからボールを遠ざけるためにロングボールを蹴るだけでなく、時にはビルドアップに加わり後方からゲームを組み立てるスキルも求められます。いくつかのデータとともにゴールキーパーの役割について理解を深めていきましょう。
現代のゴールキーパーはゴールエリア内だけでなく、むしろゴールから20mのエリアを守らなければならない。
ドイツ代表GKコーチ アンドレアス・ケプケ
ルール改正とゴールキーパーへの影響
一昔前、『ゴールキーパーはペナルティエリア内で味方のバックパスを手で扱う(取る)こと』ができました。しかし、このようなプレーを連続して行う”時間稼ぎ”が問題となり、1992年に『味方が意図的に足で出したパスをゴールキーパーはペナルティエリア内で手を使って処理できない』というルール改正が行われました。これによりゴールキーパーが足でボールを扱う機会が自然と増えることになりました。
ルール改正は戦術的な変化ももたらします。バックパスを受けたゴールキーパーに対して相手チームはプレッシングをかけ、不正確なロングボールを蹴らせてボール奪取を試みます。逆に、プレッシングをかけられたゴールキーパーに十分な状況判断やテクニックスキルがあれば、ロングボールを強いられることなくチームの攻撃を続ける可能性が高まります。戦術的な変化とともにゴールキーパーに求められる役割も変化していきました。
下の映像は1990年のワールドカップ決勝です。13分17秒や1時間46分8秒あたりでゴールキーパーが味方のバックパスを手で処理するシーンが見られます。
現代ゴールキーパーの役割
ドイツサッカー協会の分析によると、キーパーは1試合のうちに約50回ボールに関わり、そのうちの約30%(15回)が守備のアクションで、残りの約70%(35回)が攻撃のアクションを行っています(W杯2018では約75%)。
「キーパーの守備はそんなに少ないの!?」と感じるかもしれませんが、シュート数のデータを見ても1試合に30本もシュートを打つチームは稀で、多くの場合10~15本程度のシュートで、枠内シュートとなるとさらに少なくなるでしょう。
世界的なゴールキーパーを輩出してきたドイツも、自国開催である2006年のワールドカップで正ゴールキーパーに対して大きな決断を下しました。それまで圧倒的なセーブでゴールを守り絶対的な正ゴールキーパーとして君臨していたオリバー・カーンから、より守備範囲が広く攻撃にも参加できるイェンス・レーマンがドイツ代表の正ゴールキーパーの座に就くことになりました。選考基準はプレースタイルが全てではありませんが、2人とも1969年生まれで長年の立ち位置が変わったことから当時は大きな議論となりました。
- キーパーは1試合で約50アクション
- 守備が約15回(30%)
- 攻撃が約35回(70%)
攻撃の役割
試合中、ゴールキーパーの行動の70%以上が攻撃のアクションであるという事実から目を背けることはできません。現代のゴールキーパーにはフィールドプレーヤーと同様のテクニックスキルや状況把握・判断力などが必要となり、11人目のフィールドプレーヤーとして攻撃に参加する役割が求められます。
少し古いデータですが、下の図は2007/08シーズンのブンデスリーガ1部2部におけるゴールキーパーの全9139アクションとEURO2008の62試合に出場した21人のゴールキーパーのアクションを5つに分類したものです。A~Cは攻撃のアクションで合計すると72,3%、1試合平均で31回になりました。DとEは守備のアクションで合計すると27,7%、1試合平均で12回となりました。
- A:フリーキックのキッカー(31,1% / 14回)
- B:キャッチ後、攻撃の起点(21,1% / 9回)
- C:相手・味方のパスを足で処理(20,1% / 8回)
- D:インターセプト(18,6% / 8回)
- E:シュートブロック(9,1% / 4回)
A)フリーキックのキッカー
ゴールキックが多くなりますが、フリーキックのキッカーとしての役割はゴールキーパーの全アクションの3割以上を占める軽視できない要素です。
- A1:ペナルティエリア内からのフリーキック(27.2% / 12回)
- A2:ペナルティエリア外からのフリーキック(3.9% / 2回)
例えばゴールキック時に相手チームが前からプレッシングをかけてきたとき、2つの選択肢が考えられます。1つはパスを主体とした計画的なビルドアップ(図1)でもう1つはロングキック(図2)です。
ビルドアップでは自陣ゴール付近でボールを奪われるリスクがある一方、計画通り相手のプレッシングをかいくぐることができればビッグチャンスにつながることもあります。このようなアクションを成立させるためにはゴールキーパーを含めた選手たちの高い状況把握・判断能力、テクニック、そして自信やメンタル面の安定が求められます。こうした選択肢を持ち合わせていないチームの場合は自陣ゴール付近でリスクを冒さずロングボールが選択されるでしょう。密集地帯へのロングボールは自陣ゴールから一時的にボールを遠ざけることになりますが、ロングボールに対して前向きに対応できる相手チームの選手にボールを跳ね返されたりボールを回収されたりする可能性も高まります。しかし、ビルドアップを行うチームでもミスが起きた直後でメンタル的に不安定な状態や流れが悪い状況など、押し込んでくる相手をロングボールにより一時的に押し返すという選択肢も持っておかなくてはなりません。
ゴールキーパーのロングキックが飛ばなければ(遠くを狙わなければ)相手チームは下がる必要がなくなり、より相手ゴールに近づいてボールを狙いやすくなるでしょう。特に小学生や11人制になったばかりの中学生の試合ではゴールキーパーのキックがあまり飛ばないことがあり、ゴールキックを比較的近い位置で奪われてピンチになることがあります(図3)。相手のシュートが外れても再びゴールキックになるのでピンチが続いてしまいます。大人の試合でも風下のチームのロングボールが強風で押し戻されて相手に押し込まれる状況が続くことがあります。
正確なロングキックは相手に守備の的を絞らせないための重要なスキルです。ゴールキック時だけでなくビルドアップ時でも相手の前線からのプレッシングを正確なロングキックで打開することで(図4)、相手が簡単に前に出てこれない状況を作り出します。出てくれば空いているスペースを使い、相手が下がれば後方から安定したビルドアップを行うことが可能になります。
B) キャッチ後、攻撃の起点
パントキックやスロー、ロングフィードなど、ゴールキーパーからフィールド選手への配給はディストリビューションと呼ばれます。比較的長距離のパスにはキック、中距離や近距離では正確性の高いスローやインサイドキックが用いられ、ゴールキーパーの全アクションの約20%を占めます。特にボールをキャッチした直後、相手の守備が整っていない状況ではカウンターの起点として大きな役割を果たします。
- B1:スロー(11,2% / 5回)
- B2:パントキック(8,5% / 3回)
- B3:地面に置いてからロングフィード(1,4% / 1回)
例えば、相手のクロスやコーナーキックをゴールキーパーがキャッチしたあと、相手チームが前掛りになっていることがあります。特に前線(相手最終ライン)が数的同数の場合、ゴールキーパーが前線に鋭いパントキックで縦パスを入れることによりカウンターの起点となります(図B2)。また、相手が最終ラインに人数をかけていても、素早い切り替えからスペースに飛び出した選手にスローでパスを出すことによりカウンターを仕掛けるチャンスが生まれます(図B1)。ゴールキーパーがカウンターの起点となるためにも、相手の守備状況を見極める能力や判断力、そして正確なパスのスキルが求められます。
C)相手・味方のパスを足で処理
ゴールキーパーがディフェンスライン後方で相手や味方のパスを足で処理するアクションは全アクションの約20%を占めます。ボールコントロールやショートパス、ロングパスが該当しますが、現代ゴールキーパーにとっては非常に重要な要素です。処理したボールをただやみくもに蹴るか、11人目のフィールドプレーヤーとして関われるかによってチームの攻撃の幅は大きく変わってくるでしょう。
- C1:ペナルティエリア内で(15.5% / 6回)
- C2:ペナルティエリア外で(4.6% / 2回)
ゴールキーパーに足でボールを扱うスキルや自信がなければ、相手チームはゴールキーパーに対してプレッシングをかけて不正確なロングボールを蹴らせるようにするでしょう(図5)。逆にゴールキーパーが相手からプレッシャーを受けても正確なプレーを行うことができれば、自陣から数的優位を活かしたビルドアップで前進を試みることができるでしょう(図6)。
チームのスタイルや相手チームとの力関係も影響しますが、ゴールキーパーの状況把握・判断力、そして正確なボールコントロールやショートパス・ロングパスのスキルがチームの攻撃のバリエーションを増やすカギとなります。
守備の役割
攻撃(7割)と比べるとゴールキーパーの全アクションに対する守備の割合(3割)はとても少なく感じますが、守備のスキルはゴールキーパーとしての前提条件と言えます。約15回の数少ない守備のアクションが試合の勝敗を分け、キーパー自体の評価(イメージ)にも大きく影響を与えるでしょう。
ゴールキーパーの守備のアクションは『ゴールを守るアクション』と『スペースを守るアクション』の2つに大きく分類することができ、近年ではどちらも同じくらいの割合で行われる傾向にあります(約15回守備のアクションがあるとしたら、それぞれ7~8回ずつ)。
- ゴールを守るアクション = シュートからゴールを守る
- スペースを守るアクション = ゴール前のシュートを未然に防ぐ
① ゴールを守るアクション
「ゴールを守るアクション」とは打たれたシュートからゴールを守るアクションです。相手のシュートに対してセービングを行うなど、最もイメージしやすいゴールキーパーの仕事と言えるでしょう。
ドイツサッカー協会のワールドカップ2018分析によると、至近距離からのシュートとクロス後のヘディングシュートの対応がゴールを守るアクションの約半数(49%)を占め、続いてミドルシュート(34%)、そして1対1やPK・フリーキックの対応という結果になりました。
自陣深い位置でブロックを形成するチームが増えたため、これまでの大会よりも多くのミドルシュートが打たれる傾向にありました。
【ゴールを守るアクション】
- 至近距離からのシュート(28%)
- ヘディングシュート(21%)
- ミドルシュート(34%)
- 1対1(9%)
- PK(5%)
- フリーキック(3%)
② スペースを守るアクション
「スペースを守るアクション」とはゴール前のスペースを守ることによりシュートを未然に防ぐアクションです。ワールドカップ2018で最も多かったのはペナルティエリア内へのクロスとロングボールの対応で(43%)、続いてディフェンスライン裏への縦パスの対応(24%)、ペナルティエリア内での横パスの対応(5%)でした。残りの28%は相手のパスミスや単純なクリアーによりキーパーがフリーでボールを処理したものでした。
一般的に守備側はゴールがあるフィールド中央を中心に守ることから、サイドにスペースが多く発生する傾向にあります。攻撃チームは中央よりもサイド攻撃の回数が増え、その結果ゴールキーパーのクロス対応の割合も多くなる傾向にあります。
【スペースを守るアクション】
- クロス・ロングボール(43%)
- ディフェンスライン裏への縦パス(24%)
- ペナルティエリア内の横パス(5%)
- フリーで処理(28%)
ゴールが決まった時のシュートの位置
ゴールの約80%がペナルティエリア内から打たれたシュートによるものですが、ドイツサッカー協会はワールドカップ2018でゴール時のシュートの距離と角度に分けて分析を行いました。データとともに詳しく見ていきましょう。
① シュートの距離
ゴール時に打たれたシュートを至近距離(ゴールエリア内)、近距離(ゴールから16,5m以内)、中距離以上(ゴールから16,5m以上離れたエリア)の3つに分けると、至近距離からのシュートが17%、近距離からのシュートが65%、合わせて82%という結果でした。中距離以上からのシュートは18%という結果になりました。
シュートを打たれないことが一番ですが、ペナルティエリア内に相手を侵入させないことが失点の確率を減らす1つのポイントと言えるでしょう。
【ゴール時のシュートの距離】
- 至近距離(ゴールエリア内)17%
- 近距離(ゴールから16,5m以内)65%
- 中距離以上(ゴールから16,5m以上)18%
- 80%以上のゴールがペナルティエリア内からのシュートから
② シュートの角度
ドイツではゴール前を3つのゾーンに分類しています。ゾーン1はゴールの中心とゴールエリアの角を結んだ線よりも外側で、シュートを打つ選手からすると角度の悪い場所と言えます。ゾーン2はゾーン1よりも内側で、ゴールの中心とペナルティアークがペナルティエリアに交わる点を結んだ線までなります。そして、ゾーン3はゾーン2に挟まれたゴール正面を指し、シュートを打つ選手から見ると最も角度のある場所と言えます。
ワールドカップ2018でゴールが決まったシュートは、ゴール正面のゾーン3からが52%と最も多く、続いてゴール斜め前のゾーン2が43%、そして最も角度のないゾーン1からはたったの5%でした。
シュートを打たれないことが一番ですが、ペナルティエリア内に侵入された場合でもゴールキーパーとディフェンダーが相手ボールホルダーを角度のないゾーン1に追い込むなど冷静な対応をすることで、少しでも失点の可能性を下げることができるでしょう。
【ゴール時のシュートの角度】
- ゾーン3(ゴール正面)52%
- ゾーン2(ゴール斜め前)43%
- ゾーン1(ゴール横)5%
- 90%以上のゴールがゴール正面・斜め前のシュートから
失点時のGK評価
ドイツサッカー協会のワールドカップ2018の分析によると、ゴールの53%はゴールキーパーが止めようのないシュートでした。しかし、裏を返せば47%のシュートは止められる可能性があったということになります。分析によると、47%のうち14%はゴールキーパーの凡ミスによるもので、残りの33%はポジショニングや状況判断などに改善の余地のあるものでした。
各国の代表レベルのゴールキーパーにおいてもまだまだ失点を減らすポテンシャルが大きく残っているということですが、ミスの種類においても分析がされています。分析によると、ワールドカップに出場するゴールキーパーのテクニックレベルは非常に高く、ゴールを守るアクションとスペースを守るアクションのどちらにおいても戦術面のミスが多く起こっていました。こうしたミスには判断ミスやポジショニングミス、そしてディフェンダーとの連携ミスが挙げられます。優勝したフランスのゴールキーパーのウーゴ・ロリスはファインセーブを行っていただけでなく、ディフェンスラインの選手たちとともに調和の取れた守備を行っていたと高く評価されました。
まとめ
現代のゴールキーパーはシュートを止めるだけでなく、攻守においてフィールドプレーヤーと連携したアクションが求められます。キーパーコーチは単なるシュートマシーンではなく、戦術的な役割も理解したスペシャリストであるべきでしょう。そして、監督とキーパーコーチの連携がフィールドプレーヤーとゴールキーパーの連携強化につながり、チームのパフォーマンス強化にもつながっていくでしょう。