ボールポゼッション率、パスの本数・成功率、走行距離、シュート数、1対1の勝率。
サッカーの中継ではスコアだけでなくさまざまなデータが表示され、これらのデータは指導現場でも試合分析やパフォーマンス評価の目安として使われることがあります。スコアは勝敗を決める最もわかりやすい数字ですが、その他の数値は実際にどれだけ勝敗に影響を与え、どれだけ信頼できるものなのでしょうか?
ドイツでは2016年のEURO(ヨーロッパ選手権)からゴールに向かう効果的なアクションを数値化するPacking(パッキング)という新たな分析方法が公に導入され、選手個々やチームのパフォーマンス評価に使われています。
Packingは、私が説明したくてもできなかったことをデータで証明してくれた。
元ドイツ代表・解説者 メーメット・ショル
結果に反映されにくいこれまでの分析方法
W杯2014ブラジル大会の準決勝では、ブラジル代表がボールポゼッション率(52:48)、シュート数(18:14)、1対1の勝率(52:48)、相手ペナルティエリア内でのパス(19:11)など多くの項目でドイツ代表を上回っていたのにもかかわらずドイツが7対1で大勝しました。
スポーツ科学者Dr. Loyの発表(ドイツの国際カンファレンス2011より引用)によると、ボールポゼッション率、走行距離、シュート数などさまざまな角度から試合内容が数値化されていますが、実際には数値が高いチームのほうがより多くの試合に負けているというデータが示されました。
ボールポゼッション率やパスの本数・成功率、走行距離などは攻撃方向や場所を問わないので、その数値が高くてもすべてのアクションが効果的かどうかまではわかりません。
例えば、0-1でリードされていて相手のゴール前に侵入することができず自陣でボールを持たされている状況でも、ボールポゼッション率やパスの本数・成功率は上がっていきます。また、チームのスタイルによっても優先する項目や数値の上がりやすい項目が異なるので、これらの数値の良し悪しがパフォーマンスや結果の良し悪しにつながらないことが多々起こります。
- W杯2014のドイツ対ブラジル戦(7対1)、
ポゼッション率は48:52、シュート数は14:18、1対1勝率は48:52 - ボールポゼッション率が相手より高いチームの勝率は34%
引き分けが23%、負けは43%
W杯2018のドイツは大会1位の67%(グループステージ敗退) - シュート数が相手よりも多いチームの勝率は45%
シュート数の少ないチームの勝率は55% - 走行距離が相手より少ないチームのほうが勝率は高い
W杯2018の走行距離上位チームはセルビア、ドイツ、ロシア、オーストラリア、エジプト(ロシア以外はグループステージ敗退)※ Dr. Loyの発表より引用(ITK2011)
より信頼できる分析方法 Packing
Packing(パッキング)は、レヴァークーゼンなどでプレーし元ドイツ代表選手でもあるStefan Reinartz(シュテファン・ライナルツ)とチームメイトでもあったJens Hegeler(イェンス・へーゲラー)によって2014年に開発されました(IMPECT社)。
パッキングはドリブルやパスによって攻撃方向の相手選手を攻略(突破)した数を数値化することにより、選手個々やチームがどれだけ効果的なアクションを行っているかを評価することができます。例えば、攻撃方向の相手をドリブルで1人突破したら1ポイント、縦パスで2人の選手を攻略したら2ポイントとなります。
場所や方向を問わないアクションを含めたデータではなく、得点を奪うために必要な攻撃方向に対してのアクションのみを数値化するので、パッキングの数値はボールポゼッション率などよりもスコアや勝敗に反映されやすくなっています。
ワールドカップ2014のドイツ対ブラジル戦(7対1)では、ボールポゼッション率(48:52)、相手ペナルティエリア内でのパス(11:19)、シュート数(14:18)、1対1の勝率(48:52)などでブラジルがドイツを上回りましたが、パッキングポイント(402:341)や後述のインペクト(84:53)で見るとドイツがブラジルよりも効果的なアクションを行いスコアにも反映されたと言えるでしょう。
また、ボールポゼッション率が高いチームでもカウンターが多いチームでも、パッキングによりそのスタイルが攻撃方向に対して機能しているかどうかをチェックすることができるので、スタイルを問わずどのようなチームでもパフォーマンスを評価する基準としてデータを活用することが可能です。
- Packing 攻撃方向の相手選手を攻略した数を数値化
→ 効果的なアクションを集計 - W杯2014のドイツ対ブラジル戦(7対1)、
ポゼッション率は48:52、シュート数は14:18、1対1勝率は34:46
パッキングポイントは402:341 → 納得の結果 - スタイルに関係なくデータを活用できる
横パスが前線への素晴らしいパスと同じように評価されているのが
ずっと気に入らなかった。元ドイツ代表選手・Packing開発者 Stefan Reinartz
Packingの分析方法
Packingという言葉はドイツ語のpacken(パッケン)に由来しています。packenは「(荷物を)詰める」など英語のpackに相当する動詞ですが、サッカーでは「やり遂げる、やっつける」のような使い方もされます。パッキングでは要するに相手を何人”やっつけて”置き去りにしたかを数値化します。そして、”やっつけた”相手が多いほどゴールを守る相手選手は減り、ゴールを奪い試合に勝つ確率も上がると考えられます。
Packing-Rate パッキングポイント
相手選手をドリブルやパスによって攻略した(置き去りにした)数をPacking-Rate(パッキングポイントとしておきます)として数値化します。パスの場合は、味方選手が相手にボールを奪われずにコントロールできた場合のみポイント化されます。
ドリブルで相手を1人突破したら1ポイントですが(図a)、突破することにより同ラインにいる相手選手を置き去りにしたらより多くのポイントが加算されます(図b)。
パスの場合、1本の縦パスで相手選手を2人攻略したら2ポイント獲得でき、自陣から相手ディフェンスラインの背後に相手の全選手を置き去りにするロングパスを通したら10ポイントになります(図c)。
一般的に後方のポジションの選手のほうが高いパッキングポイントを出しやすくなります。なぜなら、後方の選手がボールを持った時は自分よりも前により多くの相手と味方選手がいるのに対して、前線の選手がボールを持った時は自分よりも前に相手もパスの受け手も数人しかいないからです。さらに後方の選手は相手ゴールに向かってボールを持つ機会が多いのに対して、前線の選手は相手ゴールを背にしてプレーする機会も多くなります。
ブンデスリーガ2015/16シーズンではディフェンダーの1試合平均値は41ポイント、ボランチの平均値は28ポイントでした。
さらにトップクラスで活躍している選手ほど高いパッキングポイントも高くなる傾向にあります。パッキングポイントが高くなるプレーができるからトップクラスで活躍しているともいえるでしょうか!?
ワールドカップ2014優勝メンバーのキミッヒ、ボアテング、フンメルスはディフェンダーとして1試合平均86、75、73ポイントと全体平均41の倍近くの記録でした。またボランチのクロースは85で全体平均28大きく上回り、他の選手(ヴァイグル45、ジャカ43)も大きく引き離す結果でした。
- Packing-Rate パッキングポイト
ドリブルやパスによって置き去りにした相手選手の数 - 1本のパスで10人置き去りにしたら10ポイント
- 後方の選手のほうがポイントが高くなる傾向にある
ブンデスリーガ2015/16シーズン1試合平均値
ディフェンダーは41ポイント、ボランチは28ポイント - トップクラスで活躍している選手はパッキングポイントが高い
DFのキミッヒ、ボアテング、フンメルスは86、75、73ポイント
ボランチのクロース、ヴァイグル、ジャカは85、45、43ポイント
IMPECT インペクト(DF攻略数)
IMPECT(インペクト)はゴールキーパーを含めた後方6選手(図dの黄色)の誰かを攻略した数です。フォーメンション上の後方の6人ではなく、アクションが起こった時に後方にいた6人の相手選手を指します。
インペクトはパッキングポイントの一部でもありますが(図eではパッキングポイントが7、インペクトは5)、ゴールに近い相手ディフェンダーを攻略することにより得点の可能性も高まるのでパッキングポイントの中でも特に重要視されます。
パッキングポイントもインペクトもそうですが、縦パスやダイアゴナルパスだけでなく、サイドからゴールに向かうクロスの場合も味方にボールが届けばポイントとして加算されます。図fの場合、パッキングポイントもインペクトも3になります。
ブンデスリーガ2015/16シーズンの全306試合の集計では、相手よりもインペクトの高かったチームが負けない確率は86%、それに対して相手よりもポゼッション率が高かったチームの負けない確率は57%でした。
EURO2016の全51試合の集計では、相手よりもインペクトの高かったチームの負けない確率は94%(34勝14分3敗)になりました。
ブンデスリーガ2015/16シーズンでドルトムントのセンターバックとしてプレーしたフンメルス(ドイツ代表)とパパスタソプロス(ギリシャ代表)を比較すると、2人のパス成功率が84,6%と88,1%だったのに対し、パッキングポイントは74:41、インペクトは5:1(相手MF攻略数は22:7)とフンメルスのほうがビルドアップで効果的な縦パスを出していたことになります。
- IMPECT インペクト(DF攻略数)
ドリブルやパスによって後方の6選手を攻略した数
パッキングポイントの中でも特に重要
- ブンデスリーガ2015/16シーズンの全306試合対象、
インペクトが高いチームの負けない確率は86% - EURO2016でインペクトが高いチームの負けない確率は94%
51試合中34勝14分3敗
パスの受け手のパッキングポイント
成功したパスには必ず受け手がいますが、パスの受け手目線でパッキングポイントを集計した結果、EURO2016ではドイツ代表のエジルが1試合平均66ポイントと最も高い数値でした。ブンデスリーガの攻撃的な中盤の選手の平均値39を大きく上回っています。
エジルのように受け手としてパッキングポイントの高い選手は、サポートの動きやマークを外す動きなど賢いオフ・ザ・ボールの動きよって味方のためにパスコースを作り出していると言えます。
- パスの受け手のパッキングポイント
パスを受けることにより攻略した相手の数 - オフ・ザ・ボールの動きの評価
Removed Opponents ボール奪取によるポイント
1対1やパスのインターセプトでボールを奪うことにより相手選手を置き去りにすることもできます。ボール奪取によって置き去りにした相手選手の数はRemoved Opponents(ドイツ語ではGegner erobern、直訳すると”相手を奪う”)として集計し、ボール奪取やプレッシング能力を評価する目安となります。
2015/16シーズンのRBライプツィヒとレヴァークーゼンは前線からのプレッシングやゲーゲンプレッシングが特徴的なチームですが、ボール奪取によるパッキングポイントは1試合平均それぞれ252と204を記録しました。
また1対1の守備の評価にも応用することができ、例えば、最終ラインのセンターバックが相手フォワードとの1対1を止めて味方選手が6人戻ってきた場合、その1対1の勝利はチームにとって「+6」と評価できます。
これまでの1対1の勝率に場所や状況は考慮されませんでしたが、何人の味方をボールより後ろに戻すことができたかを基準とすれば重要度を加味して1対1を評価することができます。
- Removed Opponents ボール奪取によるポイント
1対1やパスのインターセプトにより相手を攻略した数 - ボール奪取やプレッシング能力の評価
- 1対1の守備の評価に応用
パッキングポイントで守備力を評価
相手チームのパッキングポイントが高ければ自チームの守備力に問題があるということになります。相手チームのインペクトが高くなれば失点の可能性も高まり勝つ確率は低くなってしまいます。攻撃だけでなくパッキングポイントによって守備を評価することも可能です。
W杯2018でグループステージ敗退に追い込まれたドイツ代表は守備面の問題を指摘されましたが、相手チームに多くのパッキングポイントやインペクトを与えてしまったと言われています。
- 相手のパッキングポイントが高ければ自チームの守備に問題あり
- 相手のインペクトが高くなれば失点の可能性は高まる
パッキングポイントを上げるためには
パッキングポイントやインペクトを上げるためには、横パスやバックパスでボールを奪われないプレーをするだけでなく、縦パスやドリブル突破で相手選手を置き去りにするアクションが求められます。要するに相手にとって怖い選手になる必要があります。
だからと言ってやみくもに突っ込んでいくだけでは相手のRemoved Opponents(ボール奪取によるポイント)が上昇するだけです。
ドイツ語でEffektivität(エフェクティヴィテート)とEffizienz(エフィツィエンツ)という言葉がサッカーで用いられることがありますが、Effektivität(有効性)は”正しいことを行う”のに対し、Effizienz(効率)は”正しく行う”ということになります。どちらも”効果”という日本語訳があるようにちょっとわかりにくいですね。
例と挙げると、Effektivitätは、状況を正しく把握してドリブル、横パス、縦パスなどの中から最も効果的なアクションを選択・判断することになります。奪われていけない時は奪われないアクション、縦パスやドリブル突破ができる時はタイミングを見逃さないでパッキングポイントが上がる攻撃的なアクションを行うということです。高いゲームインテリジェンスを身につける必要があると言い換えることができます。
Effizienzは、選択したアクションを正確に行うこと、テクニックに当たります。正しいタイミングで縦パスやスルーパスを選択したとしても、パスの質が悪ければボールが味方に届かないかコントロールが難しくてパスが成立しません。ただし、実戦で使えるテクニックは反復練習などで切り離して身につけるのではなく、ゲームインテリジェンスとセットで学び使えるようにしていく必要があります。
- Effektivität(有効性) 正しいことを行う
→ 状況を正しく把握し正しい判断を下す、ゲームインテリジェンス - Effizienz(効率) 正しく行う
→ 選択したアクションを正確に行う、判断を伴ったテクニック
パッキングポイントを上げるためのトレーニング
このようにパッキングポイントを上げるためには高いゲームインテリジェンスとアイデアを実行するテクニックが必要になります。状況を見て把握する、プレッシャーの中で最適な選択肢を判断する、正確に実行する、という要素が含まれたメニューをいくつか紹介するので試してみてください。
まとめ
Packing(パッキング)はこれまでの分析方法やデータとは異なり、スコアや結果にも反映されやすい新たな分析ツールです。試合を観戦するときも相手選手をどれだけ攻略しているか見れば、効果的なプレーとそうでないプレーの差がわかりやすくなり、これまでのデータよりも納得のいくスコアにつながるでしょう。
指導現場ではパッキングによりアクションAとBの違いを数字で示し、攻撃の優先順位を選手たちに伝えやすくなるでしょう。また、選手の評価や調子、ポテンシャルやタイプの見極めにも応用することができるでしょう。
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