「勝つためにはもっと走らないといけない!」
「ボールポゼッション率を上げれば勝てる!」
「ミドルシュートをたくさん打てば点が入る!」
サッカーにはピッチ内外でよく使われる言い回しやことわざ的なものがあります。理にかなっているようなものから何となくそう思い込んでいるもの、首をかしげるものまでいろいろあると思います。
ベッケンバウアー監督のもとドイツ代表やバイエルン・ミュンヘン、オリンピック・マルセイユでコーチングスタッフを歴任したスポーツ科学者Dr. Loyは、よく使われている発言を調査するために代表戦やヨーロッパのカップ戦、ブンデスリーガなど3000試合以上を分析しました。きっかけは西ドイツ代表でコーチ、バイエルン・ミュンヘンで監督を務め、日本代表初代外国人コーチであり日本サッカーの父とも言われているデトマール・クラマーさんの言葉だったそうです。
サッカーの戦術に関しての発言はすべて疑ってみなさい。疑うことが進歩の始まりです。
デットマール・クラマー
勝った試合のメンバーは次も使ったほうがよい?
勝った試合のメンバーを次の試合で変更するとしたら以下の場合が考えられます。
- ケガやコンディション不良、出場停止
- 前の試合のパフォーマンス評価が悪かった
- 戦術的なメンバー変更(相手に対して、より攻撃的・守備的に、システムなど)
勝った試合で多くの選手が良いプレーをしていれば、調子のよかった選手を次の試合で使うことも多くなるでしょう。選手の心理的にも”勝って結果を出したのだから次も出て当然”となっていることが多いので、メンバー変更された選手は納得できる理由を求めるでしょう。とはいっても選手のチーム内の立ち位置や年齢、性格などによって伝え方も変わります。理由を説明しても納得できない選手もいます。
先発メンバー変更は勝率にどのような影響を及ぼすでしょうか?
- 勝ったメンバーを変更しなかったチームの勝率は36%
- 勝ったメンバーを変更したチームの勝率も36%
上の結果が示すようにメンバー選びに明確な正解はないので、先発メンバー選びは監督も苦労するところです。勝っているうちはいろいろなことが表面に現れにくいですが、結果が出なかったときに今度は先発メンバー以外から”自分も出たい”というアピールが強くなってきます。監督はチームや自分自身のメンタル面の安定のためにも自分なりの判断基準やスタイル、解決方法を見つけていかなければなりません。
ピッチ内外でチーム全体をマネージメントするためにもクラブ運営側やコーチングスタッフの協力はとても重要です。例えば、監督やコーチよりも選手との距離が近いトレーナーは心身のケアだけでなく選手たちの心境を探る役目も果たします。プロの世界では監督は信頼できるコーチングスタッフを連れて移籍しますし、コーチングスタッフの役割は細分化されてきているためその数は10人から多い時で20人になるときもあります。監督はいわゆるサッカーコーチとしての役割だけでなくすべての領域の知識を持ちつつそれぞれの専門家をまとめる現場監督的な役割になってきています。アマチュアのカテゴリーではスタッフが1人や2人しかいない場合もありますが、マネージャーやチーム内の中心的な選手などに適切な役割を担ってもらうことも可能でしょう。
より多く走ったチームが勝つ?
「もっと走れ!」
よく耳にしますし、テレビ中継でも画面に選手の走行距離が表示されます。実際にサッカーの走行距離は時代とともに増えています。1952年の平均はたったの3500m、1976年は8700m、2010年は12300mです。
チームによってスタイルの違いはあり、試合によっては走り勝つチームもあると思いますが、優勝するような上位チームは走らされる必要がないので比較的消耗度も低いのではないでしょうか?走行距離と勝率はどのような関係でしょうか?
- 走行距離が少なかったチームのほうが勝率は高い
- W杯2018で走行距離の上位チームはセルビア、ドイツ、ロシア、オーストラリア、エジプト (ロシア以外はグループステージ敗退)
- 2012~2019年までブンデスリーガ7連覇のバイエルン
(走行距離は12位1回、13位2回、14位1回、17位1回、最下位2回)
サッカーで走ることは重要な要素ですが、走る量だけでなくいつ、どこに、どのスピードで走るか、時には止まるなどの戦術的な判断を伴い効率的な走りにする必要があります。またボールを簡単に失わなければ必要以上に体力を消耗せず走る距離も減るでしょう。
トレーニングの量や質にしてもサッカー専門の基準が必要でしょう。たくさん走ればいいというわけではありません。だからと言ってサボっていいわけでもありません。
試合中の走行データ
- 1試合の走行距離 10~12km
- 90分中のインプレー時間は60分
- 67%は歩き、23%が速い走り、10%がスプリント
- スプリントの96%は30m以下、49%は10m以下
ピアノの練習をするためにピアノの周りを走る必要はない。
ジョゼ・モウリーニョ
より多くシュートを打ったチームが勝つ?
「どんどんシュートを打っていこう!」
よく耳にしますし、テレビ中継でも画面にシュート数が表示されます。試合に勝つためには相手よりも多くゴールを決めること、そしてシュートを打たなければゴールは生まれません。シュート数と勝率に関してはどのような結果になるでしょうか?
- 相手よりもシュートを多く打ったチームの勝率は45%
- シュート数が少ないチームの勝率は55%
- EURO2004の優勝国ギリシャは6試合すべて相手チームよりも少ないシュート数(ギリシャの合計52本、相手の合計103本)
- W杯2014準決勝、ドイツは14本、ブラジルは18本
(7対1でドイツが勝利)
ゴールに関してはいろいろな要因が絡みますが、一つ言えることはシュートをやみくもに打てばいいわけではありません。小学生の試合では遠くから打ったふんわりしたシュートがゴールになってしまうケースが良くありますが、遅くとも高校生くらいになればほとんどの場合キーパーがキャッチできるようになるでしょう。では将来的にはどのようなシュートがゴールになっているでしょうか?
シュートの距離とゴールの確率
- ペナルティエリア内からのシュートは7本に1本がゴール
- ペナルティエリア外からは37本に1本がゴール
- 27m以上離れたところからは70本に1本がゴール
- 流れの中のゴールの約80%がペナルティエリア内からのシュート
- 約60%が1タッチ、約20%が2タッチ、3タッチ以上は20%以下
力任せにミドルシュートばかり打つだけでは、1年に1回くらいスーパーゴールが飛び出すかもしれませんが、ほとんどが枠外かキーパーに止められてしまうでしょう。むしろ意図的に打つというよりも打たされている、それしか選択肢がないという選手も見かけます。
小学生年代ではミドルシュートのほうがボールを失うリスクが低くゴール率も高いかもしれませんが、よりゴールの確率の高いペナルティエリア内に侵入する方法や1タッチでシュートを打つ感覚も身につけていく必要があると思います。リスクを冒さないことが後々のリスクにつながってしまうかもしれません。状況に応じてどのアクションが効果的か判断しながらプレーし、例えばキーパーが前に出ているからミドルシュートを狙うことができれば素晴らしいと思います。
優れた選手はペナルティエリア内からラストパスを出す
ヨハン・クライフ
ボールポゼッション率が高いほうが勝つ?
まずボールポゼッション率が高いチームといって思い浮かべるのはバルセロナやスペイン代表でしょう。バルセロナが火付け役となり日本でもボールポゼッションはブームとなりました。今でもボール保持を大事にするチームはプロでも育成年代でもたくさんありますし、ドイツ代表も安定したボールポゼッションを戦略の一つとしています。
実際にボールポゼッション率と勝率の関係はどうなっているでしょうか?
- ボールポゼッション率が高いチームの勝率は34%
- 引き分けが23%、負けは43%
- W杯2014準決勝でドイツは48%、ブラジルは52%
(7対1でドイツが勝利) - W杯2018のドイツは大会2位の67%(グループステージ敗退)
プロのレベルでも圧倒的なボールポゼッション率で相手を上回り、素晴らしいコンビネーションからゴールを決めるバルセロナは多くの人を魅了しています。しかしバルセロナには長年積み重ねてきた明確なフィロソフィーや育成方法があり、そのうえ世界中からチームに合う一流の選手を獲得できます。バルセロナのように完成度の高いボールポゼッションは試合に勝つための手段になるでしょう。目的でなくあくまで手段の一つです。育成年代ではどんな状況もボールポゼッションで打開できると思い込み、固執するあまりミスを招いて失点してしまうこともよく見られますが、状況により効果的な攻撃を使い分ける判断力も身につけていく必要があるでしょう。
ドイツでは相手の守備状況によりどんな攻撃が効果的か判断されます。
- 相手の守備が整っていない → 素早い攻撃(カウンター)
- 相手の守備が整っている→ ボールポゼッション、ビルドアップ、チャンスメイクなど
相手の守備が整っていなければ崩す必要がないので素早いカウンターで攻めてしまったほうが効果的です。逆に相手の守備が整っているところに単純に突っ込んでいっても跳ね返されてしまう可能性は高まるので、ボールを保持しながら相手を動かして守備のスキを作り出す必要があります。
下位のチームは守備の時間が増えてカウンターやロングボール主体の攻撃になりがちですが、トップクラスのチームは状況によりさまざまな攻撃のバリエーションを使い分けることができます。バルセロナにしても華麗なパスワークに目が行きがちですが、相手を動かす必要がなければ素早いカウンターでゴールを決めますし、相手が整っていればボールを保持しながらコンビネーションやドリブルで打開できる選手がいます。ワールドカップ2018のドイツ代表は最も高いボールポゼッション率を誇りながらも組織的な守備を崩しきることができませんでした。1対1を打開できるドリブラーがいなかったともいわれています。
W杯2018のゴールの割合
- 守備ブロックを崩してからのゴールは33,7%(2014は42,6%)
- カウンターからは23,7%(2014は28,7%)
- セットプレーからは42,6%(2014は28,7%)
※ VAR導入でPKの数が増加
ペップ・グアルディオラがバイエルン・ミュンヘンで監督をしたときに「ドイツはカウンターリーグだ」と言っていましたが、僕のドイツ人の友人にもボールポゼッションは退屈だと言う人がいます。サッカーのスタイルはお国柄や地域性が影響することもあり、クラブの目指す目標もそれぞれです。プロのクラブでもやりたいことで結果が出せるチームはほんの一握りで、ほとんどのチームは限られた戦力と選択肢で勝利を目指さなければなりません。
15秒以上安定したボールポゼッションを行うより、5秒以内にボールを奪い10秒以内にフィニッシュを目指したほうがゴールの可能性は高い
RBライプツィヒ スポーツディレクター ラルフ・ラングニック
1対1に勝てば試合に勝つ?
上述したようにワールドカップ2018で敗退したドイツ代表の反省点として、「個で打開できる選手がいなかった」「ドリブラーを育てよう」と言う声があがっています。
組織的な守備は年々質を高めパスだけでは崩しきれないこともあります。個の打開力も攻撃の重要な選択肢の一つです。バルセロナですらなかなかゴールが決まらない不調時は「メッシ不在が大きい」などと騒がれます。
1対1の勝率と試合の勝率はどんな関係があるでしょうか?
- 1対1に多く勝ったチームの勝率は40%
- 多くのゴールが1対1を突破してからではない
- とはいってもゴール前の1対1が勝敗を分ける時もある
一言に1対1と言ってもさまざまな状況があります。ゴール前のように勝てばゴール、負けたら失点につながる場合もあれば、ボールポゼッション時のようにボール際で数的優位を作りボールホルダーは非効率な1対1を避けることもあります。
小学校年代はさまざまな1対1を学び個を強化していくこと。攻撃が得意なタイプの選手に対しては1対2の数的不利でも仕掛けるくらいチャレンジさせてもいいでしょう。のちのちは個の打開を選択肢の一つとして状況によって使い分ける判断力が必要になるでしょう。
1対1はサッカーの最も基本的な構成要素です。指導者養成や選手育成における重要なポイントの一つです。
元ドイツサッカー協会 指導者養成責任者 育成年代代表監督
ベルント・シュトゥーバー
積極的にクロスを上げたほうがよい?
守備側はゴールへの最短距離である中央をまず守るため、サイドにスペースが生まれ結果的にサイドからの攻撃が多くなる傾向にあります。しかし、守備側もタッチラインを利用してサイドに追い込んでボールを奪おうとしてきます。ボールを奪われる前にクロスを上げたほうがよいでしょうか?
- サイド攻撃からゴールが決まる確率は1,5%
- クロスからゴールが決まったのは2,4%
言い換えれば、1点取るのに46回のクロスが必要 - コーナーキックからのゴールは2%(約50本に1ゴール)
多くの場合、攻撃チームは中央のコンパクトな守備を避けてサイドに行くか誘導されてしまいます。そこから打開策がないチームはロングボールか、深い位置であればボールを奪われる前にゴール前にクロスという選択肢が考えられます。しかし、ミドルシュート同様に単純なクロスからゴールの確率は高くありません。確率を上げるためにクロスの質やゴール前の動き方の質を上げることも考えられますが、相手がクロスを待ち構えているならワンツーやドリブルでペナルティエリア内に侵入するといった別の手段もあればゴールの可能性は高まるかもしれません。同サイドが難しければサイドチェンジをしながら右も左も中央も攻めることができるオプションがあれば相手はさらに的を絞りにくくなるでしょう。
2-0のリードは危ない?
リードすると試合が終わっていないのに油断したり勝った気になったりして、無意識のうちに1人1人のパフォーマンスが少しずつ落ちてチーム全体ではかなりのマイナスになっていることがあります。そんな時に失点したら次の失点の恐怖を感じ、最後には精神的にもスコアも相手と立場が逆転してしまうかもしれません。僕も3-0のリードから4点連続で取られて負けたこともありますし、逆に1-4のビハインドから4点連続で取って逆転勝ちした経験もあります。得点経過は勝敗にどのような影響を与えているでしょうか?
- 先制点を取ったチームの67%が勝利
- 先制点を取られたチームが勝利したのは11%
- 22%が引き分け
前述のような体験が強く記憶に残っているせいか、リードしていても何か落ち着かないことがあるのかもしれませんが、実際には先制点を取ったチームが有利になることが多くなります。先制点を取られたチームは同点に時間を追うごとにゲームプランの変更に迫られます。メンバーを変えたり、システムを変えたり、終盤には大きくバランスを崩してパワープレーに入ったりします。変化が良い方向に進めばよいですが、攻撃的な選手を投入して守備面の不安要素が増えたり、前掛りになりすぎてカウンターから追加点を奪われたりする可能性もあります。リードしているチームも相手の出方によって対応策が的中すれば効率的に追加点を取ることができますし、できなければ終盤まで相手の猛攻に耐える防戦一方という展開に持ち込まれてしまうかもしれません。
ファウルの少ないチームが勝つ?
大会によってはフェアプレー賞などが設けられていますが、教育的な視点からもフェアプレーやリスペクトの精神は育成年代から学ぶべきことです。
- ファウルの少なかったチームの勝率は35%
- ファウルの多かったチームの勝率は37%
調査の結果では大きな差はなく、むしろファウルの多かったチームの勝率のほうが若干高くなっています。しかし、ファウルの種類や悪質度まで含めまれていません。
ペナルティエリア内のファウルはPKにつながります。悪質なプレーは選手の大ケガにつながり、退場したらその試合は数的不利の状態になりさらに出場停止の処分も下されます。激しいプレーと汚いプレーを区別すべきでしょう。ドイツ代表のレーヴ監督もチーム戦術の実行を妨げる不要なファウルを嘆いていました。
ファウルなしでプレーすべきだ。1つのファウルでチームのプレッシングが台無しになってしまうからだ。
ドイツ代表監督 ヨアヒム・レーヴ
ミスを減らせば勝てる?
「絶対にミスをするな!」「ミスが多すぎ!」
よく耳にしますが、トレーニングで長所を伸ばし短所を改善してミスのない選手になれるでしょうか?
- 全ゴールの50%に偶然が絡む
- 約30%のボールタッチは思い通りでない
”たられば”になりますが、「”相手にボールがぶつからなかったら”、”ボールが右にこぼれていなかったら”失点しなかった」「”ラインズマンがオフサイドを見逃さなかったら”、”キーパーがトンネルしなかったら”ゴールじゃなかった」というようなミスや予期せぬ出来事は全ゴールの約半分に関わっているようです。
またボールコントロール、パス、ドリブル、シュート、ヘディングなどボールを触るアクションのうち約3割は思った通りのプレーではありません。相手にボールを奪われる完全なミスになることもあれば、パスが強すぎても他の味方にボールが渡ったり、ボールコントロールが思ったほうとは逆になっても相手選手を突破したり、狙っていないところに打ったシュートが入ったりすることで「テクニック的にはミスだけど結果的には成功」ということもあります。プロのレベルで約3割なのでアマチュアや子供のレベルではもっと多くの偶然が関係するでしょう。
ミスはたくさん起こります。予期せぬこともたくさん起こります。そんなにたくさん起こるミスや偶然にいちいちイライラしていたら冷静なプレーや判断はできないでしょう。ミスを修正する努力は必要ですが、ボールを失ったらすぐに切り替えて奪い返しに行くなどミスや予期せぬことが起きた時の対応を改善するのもトレーニングの一環です。
パスミスは存在しない!(縦パスを奪われてもすぐにその場でボールを奪い返せばパスを受けた時と同じになる)
ドルトムント時代 ユルゲン・クロップ
男性のほうがサッカーに詳しい?
そんなことは言い切れません。
アイルランドのギネスパブで男女1000人ずつにオフサイドについて説明してもらうという調査がありました。
- 男性の正解率は53%
- 女性の正解率は68%
男性陣の言い訳は「説明する前に飲みすぎた」とか・・・
まとめ
現代のサッカーでは最新の技術でさまざまなデータを取ることができます。冒頭のクラマーさんが言うように”疑うことが進歩の始まり”です。数値化することによりこれまで習慣化されていたことや経験則から判断していたことをもう一度見直すことができるでしょう。しかしデータが都合の良い一部だけ使われたり表面的にしか見られなかったりすると全く正反対の結果につながる可能性もあります。
また、数値化は情報をわかりやすく共有しやすい方法ですが、試合が始まったら複雑な状況をすべて数値化して納得する時間がないかもしれません。ドイツの監督インタビューなどでもまだ数値化できないことを直観や勘を理由にコメントすることがまだあります。時には数字よりも現場の空気を肌で感じた感覚を信じることも必要なのかもしれません。
❝私はサッカーのすべてを知っている❞
チェルシー監督時のジョゼ・モウリーニョ
❝私は知っている、自分が何も知らないことを❞
ギリシャの哲学者 ソクラテス
ドイツサッカー協会指導者講習会