サッカー指導者・選手・ファンのための「ドイツ式サッカー講座」ということで、このシリーズではドイツサッカー協会や指導者講習会などで得たヨーロッパ最先端の情報に触れてサッカーの理解を深めていくことができます。ドイツ語もちょこっと学ぶことができます。
今回は全体像に触れることができる「4つの局面」をテーマに話を進めていきたいと思います。4つの局面の存在を理解することで、試合を分析するときにチームや選手の何を見るのか、相手チームの何を見るのか、トレーニング時のコーチングポイントを整理して伝えるなどが明確となります。試合を観戦するときでも、異なった視点からゲームを分析することで新たな発見があるかもしれません。
4つの局面
指導に携わる人はこの「4つの局面」という言葉を聞いたことがある人が多いと思いますが、サッカーには、「攻撃」と「守備」以外にも、「攻撃から守備への切り替え」と「守備から攻撃への切り替え」の局面が存在します。
4つの局面はドイツ語ではvier Spielphasen(フィア・シュピールファーゼン)と表現され、vier(フィア)は数字の4,Spiel(シュピール) はゲームとか試合、Phasen(ファーゼン)は局面という単語の複数形です。
ドイツ語で攻撃はAngriff(アングリフ)、守備はAbwehr(アップヴェア)、切り替えはUmschalten(ウムシャルテン)と表現します。
ドイツサッカー協会のベテラン関係者によると、一昔前のサッカーは現代と比べてそれほどスピード感がなく、外から見ていても攻撃しているチームと守備をしているチームがわかりやすく、トレーニングでもそのように行うことが多かったと語っています。
しかし、現代サッカーは選手のアスリート化や戦術の発展に伴いゲームスピードが上がり、攻撃と守備がより頻繁に入れ替わるようになりました。守備をしていたチームはボールを奪ってから相手の守備が整う前のわずかな時間でカウンターを狙い、逆に攻撃をしていたチームはボールを奪われた後、相手のカウンターを防ぐ対策を準備するようになりました。
ドイツサッカー協会の分析では、こうした素早い攻守の切り替えは2008年から2011年あたりにトップレベルのサッカーのトレンドとして指導現場にまで広まり、ペップ・グアルディオラ監督のもとリーグ3連覇やチャンピオンズリーグ優勝を成し遂げたバルセロナ、低迷していた状態からブンデスリーガ2連覇やチャンピオンズリーグ準優勝を達成したユルゲン・クロップ監督のドルトムントが先駆者として挙げられています。
こうした世界的なトレンドの影響もあり、はっきりとした「攻撃」と「守備」のシチュエーションだけでなく、攻撃していたチームがボールを失った直後の「攻撃から守備への切り替えの局面」、そして守備をしていたチームがボールを奪った直後の「守備から攻撃への切り替えの局面」においてもさまざまなトレーニングメニューが行われるようになりました。
トレーニングコンパス
試合やトレーニングで気になったことを片っ端から挙げすぎても、選手は何のことを話されているのか理解できず混乱を招いてしまうかもしれません。4つの局面は指導者にとって(選手にとっても)、チームや選手の何を見て、何をトレーニングするのかを把握するうえで良い指標となります。
- 各局面ごとにチームのコンセプトを考える
- 試合のポイント(良かった点・改善点)を各局面ごとに整理する
- 各局面におけるポイントをトレーニングメニューに落とし込む
ドイツサッカー協会が示す最近の4つの局面には方位磁石をイメージした図が使われています。ドイツ語で方位磁石はKompass(コンパス)言いますが、方位磁石をモチーフにした4つの局面図はTrainingskompass(トレーニングコンパス)と呼ばれています。これはそれぞれ局面におけるパフォーマンスを考える時に、逆の局面にいる相手のパフォーマンスも考慮すべきことを示しています。
例えば、トレーニングの中で攻撃をポイントとした場合、コンパスの片方が攻撃を指したら、反対側は守備を指すことになります。そして、トレーニングを行ってみたらよいアクションが出てゴールがたくさん決まったとします。しかし、それだけでトレーニングがうまくいったと評価することはできません。なぜなら、ゴールがたくさん決まったのは攻撃側がよかったというよりは、守備側があまりにも実戦とかけ離れたアクションを行っていたり、対戦する相手のレベルとかけ離れたりしているかもしれないからです。
もちろんトレーニングメニュー次第ではディフェンダーの人数を少なくして攻撃側を優位に設定するものもありますが、それでも、コンパスの逆側の針である守備に対しても攻撃側の学びや気づきを引き出す設定やコーチングが重要になってきます。自チームだけでなくトレーニング相手を改善することでトレーニングの質がより高まっていくでしょう。
違う考え方をすれば、攻撃に取り組んでいるときは同時にチーム内の守備も改善できる、攻撃から守備への切り替えに取り組んでいるときは、守備から攻撃への切り替えも改善できるということになります。
攻撃の判断基準となる2つの守備状況
ドイツの指導者講習会では、攻撃を考える上で必ず相手の守備状況が判断基準とされています。守備状況は大きく2つに分かれ、守備が整っていない状況と整っている状況に分類されます。簡単に言うとチームがコンパクトに集まっているか散らばっているかとも表現できます。ドイツ語では整っていない状況をunorganisiert(ウンオーガニズィールト)、整っている状況をorganisiert(オーガニズィールト)と表現します。オーガナイズという英語に似ていますが、オーガナイズされた状況とそうでない状況とも言えます。
そして、相手の守備が整っていない状況ではもともと相手を崩す必要がないので素早いカウンターで攻めるのが有効とされ、逆に相手の守備が整っている状況では慌てて相手に突っ込んでみすみすボールを失うのではなく、計画的なビルドアップやチャンスメイクで相手を崩す必要があるとされています。
守備が整っていない状況
守備が整っていない状況とは、守備の陣形が崩れてコンパクトでない状況、選手が散らばった状況を指します。特に攻撃をしていたチームがボールを失った直後に見られます。
基本的に攻撃しているチームは相手の守備を困難にするためにピッチを広く使う傾向にあります(下図a)。主にサイドの選手が“幅”を取り、前線の選手が“深さ”を取ることで、守備チームの守る範囲が広がることになります。逆に、攻撃チームの深さや幅がなくなると守備チームの守るエリアが狭くなり攻撃側は的を絞られやすくなってしまいます(図b&c)。
攻撃時に深さや幅を取ってピッチを広く使うことは、メリットだけでなくデメリットも存在します。それはボールを奪われた瞬間はまだ攻撃のために選手が散らばった状態になっているので、守備に適したコンパクトな陣形ではないからです。攻撃していたチームは相手にカウンターを受けやすい状況であり、逆に守備をしていたチームはカウンターを仕掛けやすい状況と言えます。この状態がボールを奪われたチームにとっては攻撃から守備の切り替えの局面に該当し、ボールを奪ったチームにとっては守備から攻撃の切り替えの局面に該当することになります。
守備が整っている状況
守備が整っている状況とは、守備チームが陣形を組んでコンパクトになっている状況を指します。相手チームの攻撃を困難にするために、ボールやゴールを基準にして選手たちが規則正しくポジションを取ります。見た目的にも4-4-2とか5-4-1などの配置がわかりやすく3ラインとともにいわゆるブロックが形成されている状況ともいえます。この場合、攻撃チームはカウンターを続けるのではなく、相手の整った守備を崩すためにビルドアップやチャンスメイクなどで工夫する必要があります。
この守備が整った状況が4つの局面でいう守備の局面になりますが、ドイツサッカー協会の最近の表現ではOrganisiertes Verteidigen(オーガニズィールテス・フェアタイディゲン)オーガナイズされた守備の局面という言葉が使われています。
4つの局面の別の表現
オーガナイズされた守備に対して攻撃しているチームは攻撃の局面になりますが、こちらも最近はOrganisiertes Angreifen(オーガニズィールテス・フェアタイディゲン)オーガナイズされた攻撃の局面という言葉が使われています。
相手の守備が整っていない時に有効とされるカウンターも、相手の守備が整っている時に必要とされるビルドアップやチャンスメイクもひとくくりに攻撃と言えますが、これらを区別するためにオーガナイズされた攻撃の局面とすることで、状況や攻撃方法をより明確にイメージできると思います。
また、切り替えの局面に関しても、攻撃から守備への切り替えの局面がボールロスト後の切り替え、守備から攻撃への切り替えもボール奪取後の切り替えというように、少し具体的になってイメージしやすい言い方に変わっています。
国際大会のゴールの割合
ドイツサッカー協会は、ワールドカップやユーロなど国際大会で毎回分析を行っていますが、ゴールの分類には4つの局面の考え方が反映されていて、大きく3つに分けられています。
1つ目は、相手の守備ブロックを崩してからのゴールで、言い換えれば、オーガナイズされた守備に対してのオーガナイズされた攻撃の局面のゴールとなります。
2つ目はカウンターからのゴールで、言い換えると、守備から攻撃の切り替えの局面もしくはボール奪取後の切り替えの局面でのゴールになります。
最後の一つはコーナーキックやフリーキックなどのセットプレーです。
ゴールの割合を過去の国際大会の平均値を観てみると、オーガナイズされた守備を崩してからのゴールは44,7%、相手の守備が整っていない状況でカウンターからのゴールは22,1%、セットプレーからは33,2%となりました。VARが初めて導入されたロシアワールドカップは少し特別でしたが、オーガナイズされた守備を崩してからのゴールが4割強、カウンターからのゴールが2割から3割、セットプレーからもだいたい2割から3割が目安と言えると思います。
トレンドとその対策
カウンターがトップレベルのトレンドと取り上げられた2008/2009シーズンのチャンピオンズリーグではカウンターからのゴールが全ゴールの40%を占めていました。また2008年のEUROでも35%と比較的高めの数字でした。
しかし、チャンピオンズリーグで見てみると翌年の2009/2010シーズンは27%に下がり、2010年の南アフリカワールドカップでは19,3%に下がっています。トレンドとして取り上げられ始めた頃は高い数値でしたが、カウンターの対策も練られたことからその後数値が下がったのではないかという見解です。ドイツが優勝した2014年ブラジルワールドカップでは28,7%と再び上昇しましたが、2018年のロシアワールドカップでは18,3%、EUEO2020では16,2%に下がっています。
ちなみにドイツ語でワールドカップはWeltmeisterschaft(ヴェルトマイスターシャフト)、略してWM(ヴェーエム)、EUROにあたるヨーロッパ選手権はEuropameisterschaft(オイロパマイスターシャフト)、略してEM(エーエム)となります。
トレンドに対するトップレベルの反応や対応はとても敏感で、カウンターなどの戦術面だけでなく、例えば、2018年のロシアワールドカップで初めて導入されたVARに対しても対策や改善が見られました。
過去2大会のセットプレーからのゴールは27,6%と28,7%でしたが、ロシア大会ではVARによりPKを取られることが増え、結果的にセットプレーからのゴールの割合が43,2%ととても高い数値になりました。しかし、2021年行われたEURO2020ではVARが同じく採用されている状況でもPKは少なくなり、セットプレーからのゴールも26,1%と激減しました。
チームの特徴とゴールの割合
この図は攻守の切り替えがトレンドとして注目されていた2008年の3チームのゴールのデータです。バルサとチェルシーが似たような割合で、オーガナイズされた攻撃からのゴールが40%弱を占めているのに対して、ホッフェンハイムは約半分の20%弱しかありません。
逆にカウンターからのゴールの割合を見ると、バルサとチェルシーの20%台に対して、ホッフェンハイムは脅威ともいえる倍以上の58,1%を占めています。
当時の状況を考えてみると、バルサとチェルシーは世界トップレベルの選手たちが所属していて、相手を崩してゴールもできればカウンターからもセットプレーでも点を取ることができるようなチームだったと言えるでしょう。
それに対して、ホッフェンハイムは3部リーグから1部リーグまで連続昇格を果たして、バルサやチェルシーと比べて明らかに選択肢の限られる戦力でした。そんな中でも当時このチームを率いていたラルフ・ラングニック監督は前線からのアグレッシブなプレッシングと素早いカウンターを重視した戦いで在籍していた選手の良さを引き出し、バイエルンやドルトムントを抑えて1部昇格1年目の前半戦を首位で折り返しました。
最終的には7位でフィニッシュしましたが、ラングニック監督は高い評価を受け、その後も今ではチャンピオンズリーグ常連になっているザルツブルクやライプツィヒなどで新興勢力の発展に貢献してきました。
まとめ
今回4つの局面をざっくり学んできましたが、4つの局面の存在を理解することで、頭の中を整理して試合やチームを分析することができ、分析の結果からトレーニングの内容やメニューも考えやすくなり、チームや選手にも戦術的な内容を整理してわかりやすく伝えることができるでしょう。
そして、トレーニングコンパスが示すように、それぞれの局面には必ず逆の局面も影響しています。自チームだけでなくトレーニング相手を改善することでトレーニングの質がより高まっていくでしょう。
また、4つの局面に対応しているゴールのデータからもわかるように、ゴールを決めるためには様々な選択肢があります。オーガナイズされた攻撃もカウンターもセットプレーもおろそかにせず、チームや個人の武器として磨いていきましょう。
とは言っても、最終的には在籍する選手たちのタイプや力を無視してやりたいことだけを実行することはできません。バルサのようにポゼッションできなくても、ラングニック監督のホッフェンハイムやクロップ監督のドルトムントのように、選手の若さや走力、メンタリティを最大限に生かしたチームを作ることで結果につなげることも可能です。
それでは長くなりましたが、今回はこれでおしまいです。次回以降はそれぞれの局面をより掘り下げて、具体的なシチュエーションや選択肢を示していきたいと思います!